正しいなんてあやふやを信仰する愚か

ひとりで生きるための懺悔。大人になる虚しさ。

二月の夜の雨

人々はねむる、
暗いとき、暗い部屋で、目を閉じて暗闇のなか
彷徨う。自分というものを
石でできた浅い器のなかで
薄布のように梳かして
人々はねむる

円形の温水の滴りの中で
僕は目をつむる
眠るように、ただ闇の中で水音みずおとを追いかけた
なだらかに落ちてゆく温水の
優しくなでる、生まれた頃の
きらめきを思い出す
こわい、僕しかいないこの闇の中で
温水とともに僕が滴る
温水とともに消えてゆく、誰の記憶からも

人々はねむる


人々の眠る、街も
不機嫌な父親のように噛みつかんとす肉食獣の横たわるように
退勤した母親のように、静かに眠っている
視界の端の天使は僕に話しかける
眠る街の底、水浸しのそことの境界はゆるまり
鍵はひらいている、おおきな水溜まり状の硝子が
底のダンスフロアを写していた
夜の天使は白い翼の悪魔だ
熱帯魚は踊る
雨粒は跳び跳ねる
ミラーボールにぶつかった雨粒が
光を持って、砕け、乱反射した
ひとつぶであり数多の、光の粒になる
熱帯魚は踊る
熱帯魚はなお踊る
不規則な逆さの水溜まりがきらめいていた
僕は、天使の話をきかなかった


低気圧は人々を縛りつけ
短調のワルツを奏でる雨音がそれを隠していた
関わりたくはないが彼は魅力的だった
人間をいぢめているところが素敵だ
雨雲が敷きつめられていても完全なる闇でないのは
ねむる人々の梳かしたいのちの水と、その息を
あつめて煮詰めて透かしたから
ねむらない人々の生活の音をきいているから
滴る雨音は永遠のワルツを刻んでいる

赤い宝石が僕を呼んでいた
イチゴを食べて泣きたくなったことを思い出す 
水滴がきらめいていざなうイチゴにそのかがやきが似ていた
無垢な頃の愛されていた僕に似ていた
日が沈み、ねむる猫のような影の山頂で
赤く光る君をずっとみていた
君も僕を、ずっと呼んでいた

 

 

 

ショパンのワルツ19番をきいていました。