正しいなんてあやふやを信仰する愚か

ひとりで生きるための懺悔。大人になる虚しさ。

拝啓 生きようとするわたしへ

ない、確かにあったのに
確かにこの腕の中に
この腕の中に、捕まえていたのに


ひとつ、あの人が憎かった
薄い膜を針で刺した
あの男が憎かった

ひとつ、あの人が憎かった
飛び散った赤い汁の
その中にひとつあった核を踏みにじった
あの男が憎かった


私は、しなだれた核を持って駆け出した
道もない太陽もない暗い森の中を


ひとつ、あの人が憎かった
私の大事な赤い核
その事情を知っていながらも
その誠実な足跡をホウキでそっと拭った
あの女が憎かった

ひとつ、あの人が憎かった
寄り添うように見せながら、二兎を追う
白い布で私を包もうとしながら
私の傷を、擦り傷だけを。
赤い核が見えなかった、
あの女が憎かった


私は、しなだれた核を持って
白い布を振り払い駆ける
あの木の根の途方もなく真っ暗な
真っ暗な穴に、落ちるとも知らず


ひとつ、あの人が憎かった
私を穴に突き落とした
途方もなく、途方もなく真っ暗な遠い穴の底に
本人はつゆ知らず、鼻で笑った
「穴に落ちたのは自分でしょう?」
姿は見えず、声だけが届く
あの女が、憎かった

ひとつ、あの人が、憎かった
頼りない灯火に乗せて呼んだ助け
いつも、助けてほしかった助け
救援要請の知らせだけ、
それだけ、
手も握らず、
姿もなく
あの女が、あの女が憎かった


私は、しなだれた核を持って
もうずっと、月だけを見ている
穴の中で、月だけを見ている
そうやってただ、息をしている。


這い出でる訓練を受けている
這い出でる訓練を受けている、
能動的に生きようとしている


そうして地上に立ったとき、
そうして周りを見渡して、


ふと、まだ月だけを見ていると気づいたとき
それが、消費期限です。


ない、確かにあったのに
確かにこの腕の中に
この腕の中に、捕まえていたのに